空手

第2回さまよえる「手」(Tiy)

2018.04.01

2018.05.01

琉球には7世紀からグスク・城が存在し、多くのグスクの按司達がその覇権を競って16世紀まで「戦い」をおこなっていたという長い戦乱の歴史を有している。
その戦いの武術として使われたのが、琉球独特の武術「手」(Tiy)と呼ばれるものであった。まさしく、空手の源流は「手」(Tiy)なのである。
 

 手は琉球の歴史と共に 
 どうして琉球に「手」(Tiy)が発祥し、発展していったのか__。
 その鍵を握るのが琉球のグスク時代、琉球王国の形成過程、明朝(中国)との冊封関係、琉球国王・尚真王の刀狩り、琉球の大貿易時代、薩摩の侵攻と禁武政策等といった歴史的背景と深く関わっている。
 そのような、琉球の歴史的背景を抜きにして沖縄の「手」(Tiy)ついて語ることは困難である。
 何故なら「手」(Tiy)は琉球の歴史と共に生まれ、育まれ、継承され、発展してきたからである。従って、空手について知るためには、空手が琉球で「手」(Tiy)として発達してきた、その背景となっている琉球の歴史について先ず観ておく必要がある。

 人類の誕生について 

 琉球列島は、約1500万年前までは中国大陸とつながっていた。そして、中国大陸から離れて琉球列島が形成されたのは今から約2万年前である。今から2万年前の洪新世末期、琉球列島は3つの島しょう群と言う形が定まった。面積は現在に比較にならない程広大であったが、その後の氷河期の終了により、海水面が100メートルほど上昇したため、多くの陸地が海面に沈み現在の琉球列島が誕生した。
 地球上に人類が登場したのは、今から300万年前の更新世の頃である。その間に人類は、猿人、原人、旧人、新人へと変化し発達を遂げたが、中橋孝博によれば、すべての現代人の起源はおよそ20万年前のアフリカの一女性と行き着くと主張する(『日本人の起源』)。また、宝来總は、『DNA人類進化学』の中で非常に興味深い自説を次のように展開している。
つまり、集団間の近縁度をみる尺度として、塩基多様度のネット値(DA)というものを利用して、8集団(アフリカ人、ヨーロッパ人、アメリカ先住民、アイヌ、中国人、琉球人、韓国人、本土日本人)において総当たりで計算したDAの値の分布を調べた結果、アフリカ人は、他のどの集団と比較しても大きな遺伝距離をもっている。これとは対照的に、東アジアの5集団は、それぞれの集団間の遺伝距離が非常に小さい。特に、韓国人と本土日本人の2集団間の遺伝距離はゼロであった。やはりこの分析でも、韓国人と本土日本人は遺伝的にきわめて近縁な関係にあることが明らかとなったのである。

 先祖、人種が違う? 

 次に、集団間で求めた遺伝距離をもとに集団の系統樹を作成した結果、アフリカ人が他の人類集団に先がけて分岐し、続いてヨーロッパ人が分かれ、さらにアメリカ先住民が分岐している。最後に、東アジアの五集団が単一系統のクラスターを形成して枝分かれしてくる。東アジア人のクラスターでは、アイヌが最初に分岐し、続いて中国人が枝分かれしてきたことが読み取れる。続いて琉球人が枝分かれし、最後に韓国人と日本人が緊密なグループとして分岐してくる。
 このことから、アイヌや琉球人を縄文人、本土日本人は弥生人であるとし、さらに、アイヌと琉球人は互いにある程度の遺伝的近縁性はあるが、弥生期の移住が始まったころには、別の集団として存在していたと主張している。
 この宝来總氏の主張が正しければ、琉球人と本土日本人とは先祖、人種が違うことであり、このことは、何をする上でも決定的な要因となる可能性があることを我々は充分に認識する必要がある。

 最古の人骨は沖縄にある 

 つまり、縄文人の子孫である琉球人が「手」(Tiy)を発明し、弥生人の子孫である日本人が「手」(Tiy)を改良し「空手」を発達させた、ということに他ならない。ちなみに、日本で最古の人骨の遺跡が日本のどこかにあるかご存じであろうか。それは、沖縄なのである。
 琉球列島の旧石器人は 3万2000年前と推定される山下洞人(1962年那覇市で発見)、3万年前と推定される米原人(1966年石垣市で発見)、2万5000年前と推定されるピンザアブ人(1979年宮古上野村で発見)、2万年前と推定される伊江ゴヘズ人(1977年伊江村で発見)、1万8000年前と推定される港川人(1967年具志頭村で発見)、1万8000年前と推定される大山人(1966年宜野湾市で発見)、1万5000年前と推定される下地原洞人(1983年久米島具志川村で発見)がそれぞれ発見されている。
 特に、那覇市の山下町の洞穴から7歳くらいの子供の大腿骨と脛骨の破片が発見されたが(山下洞人、3万2千年前)、これが日本で発見された人骨で最古のものなのである。

 
琉球人の祖先「港川人」は旧石器時代の縄文人である。この子孫が「手」(Tiy)を発明したのである。(提供/具志頭村立歴史民族資料館)
 
 野村耕栄(のはら・こうえい) 

沖縄県出身。少年時代より、喜屋武首里手を父・薫から学ぶ。大学時代に一時期、上地流にも入門。その後、首里手小林流を学び、現在小林流範士九段。1982年沖縄空手道少林流竜球館空手古武道連盟を設立。1985年全琉実践空手道協会設立。1992年より毎年6月沖縄県において、「全琉空手古武道選手権大会」を、2002年より毎年11月にカルフォルニアにおいて、「US-Okinawa Karate Kobudo Open Tournament」を、2006年より毎年4月ロンドンにおいて、「EU-Okinawa Karete Kobudo Open Tournament」を主催・開催。東京世田谷道場、埼玉大宮道場に支部道場を有す。詳細は、「竜球館」webサイトからアクセス。早稲田大学大学院博士後期課程スポーツ人類学研究科在学中。

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 連載一覧 
 
第01回  さまよえる「手」(Tiy)
     
第02回  さまよえる「手」(Tiy)
     
第03回  さまよえる「手」(Tiy)
     

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