空手の歴史
空手の歴史11 -空手-
空手大家座談会記録によれば初めて「空手」という文字が使われているのは花城長茂が1905年(明治38年)に発表した、「空手組手」という組手研究に関する文章の中である。それまではほとんど「唐手」と書いて「トゥティ」「トウテ」「カラテ」と読み、言い伝えられていた。
空手の歴史10 -沖縄空手の「型」-
空手の「型」沖縄の空手は修行のほとんどを「型」の練習に費やし、「型」に始まり「型」に終わるとも言われていた程である。沖縄の空手は「型」の中に空手道の全てを収歛していく。その修行の形態は武闘を指向する人たちには物足らないと思われがちだ。
しかし古来から継承され、改良され磨き澄まされ続けてきた沖縄空手の「型」の中には、一撃必殺の強烈な攻撃と、万全の防御が内包されている。
空手の歴史9 -沖縄空手-
学校教育における空手沖縄空手という呼称はスポーツ化の傾向を強めていく日本全土の空手に対し、本来の伝統武道空手を基盤とすることにより、本土空手と一線を画し距離を置く立場から命名された。
この「沖縄空手」という呼称は主に沖縄の流派で使われている。この分離は本土の流派が主導する全空連が指定する型から沖縄の型を排除したことに対する沖縄側からの反発から始まったと言われている。
空手の歴史8 -唐手と空手の使い分け -
嘉納活五郎おそらく琉球王朝以前に誕生したであろう、現在の沖縄空手の原型ともいえる「手(てぃ~)」と呼ばれた沖縄古来の武術が、琉球王国と中国との進貢貿易によって中国から伝わった中国拳法と融合し、「唐手」となった。
琉球王国の貴族の間で一子相伝の秘術として伝承されていた「手(てぃ)」、及び「唐手」が、1905年(明治38年)に糸洲安恒によって初めて学校の体育の授業として正式に取り入れられ、それを機に広く一般の人々へ普及していった。沖縄で「唐手」と呼ばれ一般化していった沖縄空手が日本本土へ伝わっていくのは、18世紀、大正も後半になってからである。
空手の歴史7 -武器禁止令と沖縄空手 -
釵(サイ)沖縄空手が発展した大きな要因は、薩摩藩の琉球侵攻後だといわれる。これは、1613年の琉球王府宛通達の中で帯刀など武器の携帯を禁止されたことにより、琉球王府の武士たちが身を守るすべとして空手を用い、これが空手普及に拍車をかけたという。
これまではこの説が通説であったが、現在ではかなり否定的になっている。以下がその理由である。
空手の歴史6 -沖縄空手、その歴史-
糸洲安恒門外不出・一子相伝の秘術として世の人々に知られることなく、琉球王朝の士族の間で密かに伝えられてきた沖縄空手も、時代の波にさらされ大きな転機を迎えた。
1879年(明治12年)の琉球処分により琉球王国が解体されたことで、沖縄空手も消滅の危機を迎えたのである。
これは琉球王朝の士族という位が無くなることで、空手を受け継ぐ者が減ると考えられるからである。このような機的状況から空手(唐手)を救ったのがかの有名な糸洲安恒であった。
空手の歴史5 -新渡戸稲造と武士道-
数ある「武士道」をテーマにした本の中で、特に人々の共感を呼んでいるのは新渡戸稲造の「武士道」だと言われている。
新渡戸は幕末の動乱期に文字通り「武士」として命をかけた明治の元勲たちと共に幸運にも生き延び、明治を迎えた正真正銘の「武士」を生きた一人であった。
空手の歴史4 -日本の武士道-
武田信玄の時代の武士道のひとつの形は、たとえ戦乱の中であっても主家と氏素性を声高に名乗ってから「いざ勝負」とばかりに命のやりとりを行うのが武士たる者の守るべき大きな儀礼でありプライドであった。
それが織田信長の時代になり鉄砲が大量生産され、信長は当時の武士の中では最も階級の低い、その名も足軽と言われた階層の兵たちを集め鉄砲部隊を編成した。
空手の歴史3 -武道とは-
武道とはどのように理解したら良いのだろうか。
象形文字が形を表していることに対し、漢字はあくまでもその意味を求めて作られた。そのものが意味をなす文字である漢字は、世界中のあらゆる文字と比べても最も個性的で優れた文字と言われている。
沖縄における空手道・古武道、日本における柔道・剣道・合気道などを総称して、日本では「武道」という。しかし、この「武道」の中の「武」は明らかに中国で作られた文字に違いない。
空手の歴史2 -沖縄の伝統古武道-
「沖縄の空手と古武道はどちらが先に発生したかという問いには、諸説あるがどちらも結論に達していないというのが現状である。しかし、沖縄の空手と古武道というものは車の両輪の様なもので、片方だけでは理論、技術の両面から成り立たない」
(『沖縄伝統古武道』仲本政博著)
空手の歴史1 -その発生と源流-
空手の発生については諸説あるが、なにしろ遠く古い時代のこと故、明確な記録もなく、明確な歴史的位置づけはまだこれからの探求、研究にゆだねなくてはならないのが現状である。
現在、最も信頼されている説としては大別して、次の三説に集約されている。
1.沖縄で手(てぃ)と呼ばれる琉球古来の武術として発生した、沖縄独自の文化である。
2.沖縄で誕生した琉球古来の武術、手(てぃ)が、1300年代から始まった中国との交易時代に伝わってきた中国の少林寺拳法などと融合して、発展をとげた。
3.全くの中国伝来の武術である。
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