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空手と人物

空手と人物8 -本部朝基 -

本部朝基本部朝基本部朝基は1870年(明治3年)、本部御殿(モトブウドゥン)の本部按司朝真の三男として首里赤平町で生まれた。本部御殿家は琉球王国の一族で王子の次の位の家系である名家である。明治の頃までは遥かな琉球王朝時代に国王を護るために首里の武士の間に秘かに伝承されてきたとも言われている沖縄の空手は、まだ「手(てぃ)」と呼ばれていた。

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空手と人物7 -上原清吉-

上原清吉上原清吉1904年(明治37年)に沖縄県小禄村に生まれた上原清吉は、1916年(大正5年)に本部朝基の兄であり、本部御殿手の正統な継承者である本部朝勇から「迎主加那志前(ウシュカナシメー・琉球国王)」の武術と呼ばれた本部御殿家秘伝の空手を学び取り、本部御殿手12代目の継承者となった。

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空手と人物6 -上地完文-

上地寛文上地寛文上地完文は沖縄空手・上地流の開祖で、1877年(明治10年)に琉球藩本部間切伊豆味村に士族の長男として生まれた。静かな父親に比べ、母ツルは背丈が高く雄弁で、男勝りの女傑であった。頑健な体格の完文は、この母親から受け継いだものだろう。しかし上地完文の人生は、文字通り「波乱万丈」なものであった。

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空手と人物5 -船越義珍-

船越義珍船越義珍船越義珍は1868年(明治元年)、首里山川村(現・那覇市首里山川町)に生まれた。
富名腰(後・船越)家は、代々首里王府に仕えた泊士族の下級士族の一門であった。しかし父・富名腰(船越)義枢が大酒飲みであったことが災いし一家は没落、義珍が生まれた頃には借家住まいの困窮した生活を送っていた。

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空手と人物4 -知花朝信-

知花朝信知花朝信沖縄空手三大流派(剛柔流、上地流、小林流)の一つ、小林流の開祖として知られる知花朝信は1885年(明治18年)首里鳥掘(現・那覇市首里鳥堀町)に生まれた。知花朝信の叔父にあたる知花朝章は松村宗棍に師事した著名な沖縄空手家にして首里の名門・知花本家当主である。

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空手と人物3 -本部朝勇-

本部朝勇本部朝勇生没年 1867~1930
首里赤平村にて誕生。(現・那覇市首里赤平町)
本部朝勇は本部朝基の兄にあたる。本部御殿手・直系。武術だけではなく、琉歌や琉球舞踊などの芸術面でも優れた人物だったとされる。また武術においても空手のみならず、剣術や馬術も積極的に行ったという。

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空手と人物2 -糸洲安恒-

糸洲安恒糸洲安恒生没年他説あり。
1830(1831/1832/1838)~1914(1915/1916)
沖縄県の学校教育に空手を取り入れ、沖縄空手を広めたことで知られている人物である。生まれは首里の石嶺である。(他には、首里の山川という説もある)
糸洲安恒は下級武士の出身であったが優秀で、琉球王朝時代もその後も高い役職についていた。廃藩置県の後も失職せず。沖縄県庁に勤めていたという。

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空手と人物1 -佐久川寛賀(唐手佐久川)-

佐久川寛賀の息子佐久川寛賀の息子生没年多説あり。
(1762~1843, 1786~1867, 1840~1920など)
佐久川寛賀は唐手佐久川(トウディー佐久川)と親しまれ、琉球古武道中興の祖と崇められている人物である。生まれは首里鳥堀村、現在の那覇市首里鳥堀町であるという説が現在では有力である。(『沖縄一千年史』によると「赤田」)

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