人物

12.-呉賢貴 –

2016.08.11

2017.08.11

(ご けんき)1886年~1940年 拳法家・茶商
1926年に来流して、東町の茶商の手伝いをしながら独立し、「永光茶行」という会社を営んだ白鶴拳の達人である。呉は、沖縄の空手家に大きな影響を与え、現在でも台湾の拳法界で大きな門派の一つとされている。呉道場の一番弟子は安仁屋正昌とし、門弟たちに技を教えた。稽古は無料で行い、種々の体錬法と二つの型を中心にして行った。呉の得意な「鶴の手」は、剛柔流の開祖である宮城長順が惚れ込んでいた。
呉は大正初頭から沖縄の空手会で知られる存在で、呉以外にも斯界で知名度の高い唐大基という五祖拳の達人もいる。現在、フィリピンに最も普及している拳法である。宮城長順と呉は相互に敬愛し合っていた。宮城は中国拳法の研究をし、その記念として短冊を交換した。その短冊には、「拳を通して日中親善のために尽力することを誓う」と記され、交流の裏には安仁屋正昌がお膳立を務めた。今日では、貴重な歴史的史料として評価されている。1940年、日中戦争の中、肺炎を患い54歳で世を去った。

参考資料
− 「沖縄空手古武道事典」高宮城 繁 (著), 仲本 政博 (著), 新里 勝彦 (著)

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