伝統・歴史・文化

6年に1度の「酉年 大豊年祭」 @ FMとよみ

2018.06.26

2018.08.17



豊見城市の歴史によると、14世紀頃まで南山王の支配下において、豊見城(とみぐすく)、瀬長(せなが)、長嶺(ながみね)、平良(たいら)、保栄茂(びん)にグスク(城)を築かせたように、極めて重要な地域社会を形成していました。

17世紀に首里王府により統治され、「豊見城まじり」と称し、長い歴史があります。
東御嶽(アガリウタキ)


西御嶽(イリウタキ)

中道

保栄茂東(アガリ)地区

保栄茂西(イリ)地区

当時は、糸満や小禄、安次嶺付近までの範囲で39の村々がおかれ、字保栄茂(びん)もその1つでした。
保栄茂グスク跡から見た保栄茂集落


保栄茂馬場(ビンウマイー)

字保栄茂(びん)の集落発祥については、明確な記録もなく定かではありませんが、古老達の話や数少ない資料などから推測すると、この地に分村してきた先住者たちは、まず、保栄茂(びん)の東御嶽(あがりうたき)を御嶽(うたき)として定めた。

映像提供:FMとよみ

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